フレーデンスボー宮殿にて ―― 天皇皇后両陛下にお目にかかった日

コペンハーゲンから北へ車で小一時間。緑の森に抱かれたフレーデンスボー宮殿は、デンマーク王室が夏の間を過ごす離宮として知られています。デンマーク王立建築大学で学び、卒業後はこの国で設計事務所を営むようになった私にとって、フレーデンスボーはこれまでも何度か仕事や見学で訪れたことのある、馴染み深い建物のひとつでした。

けれど平成10年(1998年)6月のあの日は、いつもとまったく違う気持ちでこの宮殿の扉をくぐることになりました。天皇皇后両陛下がデンマークをご訪問になり、その最終日、在留邦人の代表がお目にかかる機会を賜ることになったのです。招待状が届いたときは、何度も日付と自分の名前を見直したのを覚えています。

支度の日々

案内状を受け取ってからというもの、日々の設計の仕事の合間にも、心のどこかでその日のことばかり考えていました。デンマークという国で建築を学び、事務所を構えるまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。異国の言葉で図面を引き、現地のクライアントと信頼関係を築き、時には「日本人であること」と「デンマークで働くこと」の間で揺れながら過ごしてきた年月です。そうした自分の歩みを、遠い異国の地で両陛下に少しでもお伝えできたら――そんな思いで、当日を迎えました。

宮殿の一室で

引見の間には、金箔をあしらった装飾と、壁を飾る大きな絵画が静かな威厳を湛えていました。集まったのは、デンマークで暮らし、働く日本人の代表の方々。皆、正装に身を包み、緊張した面持ちで開始の時を待っていました。

やがて両陛下が入られると、室内の空気がふっと変わったのを感じました。皇后陛下は淡い黄緑色のお召し物で、天皇陛下とともに、お一人おひとりに歩み寄りながら丁寧に言葉を交わしてくださいます。私の番が近づくにつれ、胸の鼓動が速くなっていくのが自分でも分かりました。

深く頭を下げてご挨拶を申し上げると、両陛下は柔らかな眼差しでこちらをご覧になり、デンマークでの暮らしぶりや仕事について、優しくお尋ねくださいました。異国の地で建築の仕事を続けていることを申し上げると、両陛下はその労をねぎらうように、温かい言葉をかけてくださったのです。緊張のあまり、後になってその瞬間の細かなやり取りを思い出そうとしても、断片的にしか蘇ってこないのですが、あのとき肌で感じた両陛下の穏やかで真摯な眼差しだけは、今もはっきりと覚えています。

会場には、報道のカメラマンたちの姿もありました。フラッシュの光の中、両陛下は終始変わらぬ柔らかな笑みを浮かべておられ、その落ち着いた佇まいに、こちらの緊張までもがすっと解けていくようでした。

遠い国で受け取った、変わらない眼差し

デンマークに暮らして長い年月が経ちますが、日本という国、そして日本人であるという自分自身のルーツを、これほど強く意識した瞬間は他になかったように思います。北欧の静かな宮殿の一室で、母国の皇室の方々と言葉を交わす――それは、海を越えて働き続けてきた自分にとって、思いがけない形で与えられたひとつの節目でした。

あの日いただいた温かいお言葉と眼差しは、今も私の中に静かに残っています。異国での仕事に迷いが生じたとき、ふとフレーデンスボーでのひとときを思い出すことがあります。遠い国で図面を引き続ける自分の背中を、そっと押してもらったような、そんな出来事でした。


宮内庁の公式記録はこちら
https://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/gaikoku/h10denmark/eev-h10-uk-denmark.html

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